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丘の周りを歩く

バガヴァーンは、聖山アルナーチャラの周囲を歩くプラダクシナを常に勧めました。この道のりはおよそ14キロメートルにわたり、「ギリ・プラダクシナ」と呼ばれています。「プラダクシナ」とは、礼拝の対象に右側を向け、時計回りにその周囲を歩く行為を意味します。「ギリ」は「丘」を指す言葉です。つまり、ギリ・プラダクシナとは、アルナーチャラの丘の周囲を歩いて巡礼することを指しています。

バガヴァーンは、たとえ老人や身体の不自由な人に対しても、「ただゆっくり行きなさい」と勧めました。実際、プラダクシナは「妊娠九カ月目の王妃のように」ゆっくり行うものとされています。歩きながら沈黙の瞑想をする場合でも、神の讃歌を歌ったりする場合でも、それは乗り物に頼らず、自らの足で歩いて行うものです。

Devaraja Mudaliar states in My recollections of Bhagavan: 

プラダクシナを行うのに最も縁起の良い時期は、シヴァの夜であるシヴァラートリ、そしてカールティカイ(すばる星)と満月が同じ黄道上にある日です。この日は、たいてい十一月に訪れるディーパム祭の頃に当たります。これら祝祭日における絶え間ない帰依者たちの歩みの流れは、アルナーチャラの丘を飾る花輪にたとえられてきました。

プラダクシナとは「すべてが私の内に在る」ことを意味しています。アルナーチャラの周辺 を回ることは世界を一周するほどの効果があると言われています。それは世界全体がこの丘に含まれて いるということです。

アルナーチャレーシュヴァラ大寺院の周りを歩いて回ることも、同様に良いことです。自分自身がぐ るぐると回るのもやはり良いことなのです。

つまりすべてが真我に含まれているということです。『リブ・ギーター』は「私は固定されたままだ。 一方、無数の宇宙は私の心の中の観念となり、私の内側で回り続ける。これが最高のプラダクシナの瞑 想である」と述べています。 ある古い帰依者がこう回想している。

バガヴァーンがまだ山上に暮らしていた頃、そして現在のアーシュラマムに移り住んだ初期の 頃、一つの習慣がありました。それは、誰であれアーシュラマムに捧げものとして食事を施した 人がいれば、その夜、その人はバガヴァーンと一緒に聖なる丘の周りを歩くことができるという ものでした。つまり、彼と一緒にプラダクシナができるということです。

これがどれほど帰依者にとって光栄なことか、至福に満ちたことか想像できるでしょう。こう してバガヴァーンは四日も五日も、ときにはそれ以上続けてプラダクシナをしなければならない ときがあったのです。

普通の人の足で三、四時間かかるプラダクシナを、バガヴァーンは一歩ずつゆっくりゆっくり と一晩中かけて歩くことが常でした。それに、当時のバガヴァーンが日中眠ったり休息を取った りしないことはよく知られた事実です。ですから、バガヴァーンにとって五日続くプラダクシナ は、五日間、昼も夜も完全に眠らない時を過ごすことになります。そしてその状況を知らずに食 事を施す帰依者が続く日がしばしばあったのです。

 Samudram Lake 

「この丘を一周することは非常に良いことです。『プラダクシナ』という言葉には深い意味があります。『プラ』はあらゆる種類の罪の除去を表し、『da』は欲望の満足を意味します。『kshi』は未来の生からの解放を表し、『ナ』はジニャーナ(真の知識)を通じて救いを与えることを意味します。」 本当に、このプラダクシナによって得られる喜びと幸福は言葉で説明するのが難しいほどです。体は疲れ、感覚器官はその力を失い、身体のあらゆる活動が内側に吸収されます。そのため、自分自身を忘れて瞑想状態に入ることが可能となります。歩き続けることで、身体は自然にアーサナ(瞑想姿勢)の状態と調和し、結果として健康が改善されます。 さらに、丘にはさまざまな薬草が生育しています。それらのハーブから発せられる香りを含んだ空気が、肺に良い影響を与えるのです。